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■ 献身/Sacrifice

「我が身のフェイムを捧げ奉る・・・堕落した魂を救い給え」
翼を広げた悪魔は、剣を頭上に持ち上げ、牙をむいている。
私はすばやくアンクの形に手で印を切り「・・・愛の名の下に」と唱えた。
悪魔は剣を振り下ろしたが、私が身をそらしてかわした、そのとき、悪魔に光が降り注ぐ。
「ウヲ・・?」
徳の力により、悪魔の魂が浄化され、天に召されるのだ。いつもならそのまま、悪魔が消滅する。
なのに今は、悪魔の姿が消えたあとに・・・一人の女性が立っていた。
彼女は私を見つめ、「助けてくださって、ありがとう」とスカートをつまんで、お辞儀をした。
彼女はモンスターが徘徊する迷宮においては、無防備な薄いドレスをまとって、素足の見えるサンダルを履いていた。私はただ、呆然と見つめた。
「私は堕落した魂に囚われていた者・・・」
彼女は少しうつむいてから、すがるような目で「徳の習得なさる貴方の慈悲にすがりたく存じます。どうか私をこの危険な迷宮から安全な地へ、連れて行ってくださいませ」と言って、白い手を伸ばした。手首に巻かれた金のブレスレットがきらめく。
「・・・あぁ」
しぼりだすようにした返事は、ひどく不機嫌な声だったが、彼女は微笑む。
目をそらすように呪文を唱える・・・「Vas Rel Por」・・・行き先はとっさに、いつものルーンへ。ブンと微かな音がして、鈍く赤くきらめく光の門が開く。
「どうぞ」と彼女をうながすが、彼女は手を差し出しまま、微笑む。私は戸惑いつつも、その手を握る。ひどく冷たい手に、小さな違和感を感じる。でも今は、門をくぐらないと消えてしまうから、彼女を連れて門をくぐる。

・・・そこは、いつもの私の家。
海沿いの岬にあり、フェルッカでありながらも、海があるために景観がよい。
彼女は「わぁ」と歓声をあげ、手を離して、海へ駆け寄る。
私もはじめてきたときは、見とれたのを思い出した。
そんな私を見て、派閥ではいつも必死な顔をしていた・・・前の家の持ち主が、戦場では見せない笑顔を見せてくれた。そして派閥から去るときに、この家の鍵をくれて・・・もう遠い昔の話。
彼女はしばらく海を見ていた。そんな彼女を私もなんとなく眺めて。ふと、彼女は私のほうに振り返って、私の家を指して「こちらにお住まいなのですね?」と突然言った。
「あ、あぁ・・・そうだよ」
「お邪魔してもよろしいかしら?」といいながら、彼女は私の家へスタスタと入っていってしまった。
・・・私以外は入れないように、結界を張ってあるのに。私も家に入ると、彼女は椅子に座って、上を向いて目を閉じていた。向かいの椅子にそっと腰を掛けると、彼女は目を開いて、「家とね、お話しているの」とつぶやいて、また目を閉じた。なるほど、と私は思った。家と話せるのなら、結界があろうと、入れるのだろう・・・どうやって家と話すのかわからないが。
彼女はしばらく目をつぶっていた。
そして夢から覚めたように目を開いて、「・・・貴方は、優しいの」と言った。
「・・・どうかな」彼女は黙って私を見つめているから、仕方なく言葉を続ける。
「面倒だから、ずるいから、ごまかしてるだけだ。つまらない男だよ、私は」
彼女はささやくように「・・・気づいているのでしょう?」と、どこかおびえた声で言う。
「あぁ」
「聞かないの?」
「面倒なことだろうしな・・・それに」
「それに?」
「おしゃべりな女は嫌いだ」
彼女は、くっくっく、と含み笑いをしてから、こらえきれないように、笑い出す。
その声は、か細い女の声ではなく、低い男の声で。
「運が悪かったな。二分の一の確立で嫌われるとは!」
「言葉遣いの悪い女はもっと嫌いだ」私は彼女をにらみつけた。
「ああ、すまない・・・ごめんなさい」彼女は肩をすくめて、しょげた顔をした。声も元に戻っていた。
「・・・あの、とてもとても久しぶりで、お話してくださったり、一緒に歩いてくださったり、手を握ってくださった方は、久々で、嬉しかったのですが、どうしようかと」
彼女は椅子から立ち上がって、「・・・無礼をお許しください」と頭を下げた。
「座れよ」
彼女は顔をあげて、とまどった顔をする。
「いいから、座れよ。聞いてやるから」
「は、はい!ありがとうございます」
彼女は背筋を伸ばして、椅子に腰掛ける。
「・・・怒って悪かった」
「え、っといえ、そんな」
彼女は頭を横に振りながら、まっ赤な顔で否定する。
「・・・さっき、声が変わったけど、男性にもなれるのか?」
「はい。なれます。でも、入れる人形がないと無理です」
「人形?」
「貴方のような、異世界からの魂の入った体は・・・人、と呼ばれます。そして、この世界を動かすために、決められた仕事しかできない魂なき体・・・それでもこの世界では人として生きてますが・・・私は、人形と呼んでいます」
彼女は確かに、彼女が言う人形だった。
「私はこの世界にうまれて、かわいがってくださる方に巡りあえたのですが、別れてしまって、死んでしまって、もう消えるしかない私に、戻ってくるように、この世界にいるように思ってくださった方にお会いしました。私、絶対に忘れたくない、と願いました。
それから、この世界で何度も転生を繰り返し繰り返し、たくさんの方に巡り会えて、この世界で長い時を過ごすうち、私は記憶を支えに、小さな魂をつくることができたのです。そして、自分の考えで話したり動いたりできるようになりました」
「でも、人形がいるって・・・?」
「ええ。この体は時の流れに弱く、たやすく失われてしまうのです。私は体が壊れる前に、魂を他の人形に移すことで生き長らえています。決められた仕事を追い出して、私が入るようなかんじです。なので私は、名前も姿も保てないのです。私が私であるのは記憶だけ・・・ああ。気づかれてしまった」
彼女は立ち上がり、周囲を見渡した。
「誰に?」
「この世界には秩序と安定を守る人たちがいます。人でありながら、人形と同様に、この世界のための仕事をする人たち・・・。彼らにとって、私は異端であり存在の許されない者・・・なのでしょうね、きっと。彼らに気づかれました。行かなくてはなりません・・・貴方の話も聞きたかったのですが」
「私は身の上話をする趣味は、もってないんでね」
彼女は淋しそうに微笑んで、後ろをむいたが「最後にお願いしてもよろしいですか?」と振り返った。
「次に貴方に出会えたときには、私は姿も名前も違うでしょう。でも、貴方のことを知っています。それだけが私を証明できることです。だからどうかお願い、私のことを忘れないでください・・・それと。人に尽くすために人形はいます。でも、もし人が想いをよせてくださるのなら、人形でも動物でも、想いを持つことができるのです・・・恋、とか」
「え?」
「冗談ですよ」彼女は笑って、後ろを向いた。「さよなら」と、彼女が言ったのが聞こえたのは空耳だったのかもしれない。彼女が後ろを向いて、一歩踏み出したとたん、彼女は音もたてずに消えたのだから。
まるで最初から誰もいなかったように。
すべて幻だったように。
と、そのとき、空間を裂く魔法の音が響き、この世界の秩序と安定を守る青い衣の者が現れた。
ドタドタと走り回り、「ああ!一足違いか!!!!」と頭を抱えた。
「おい」と声をかけると、「わっ!!!い、いたの!?」と胸に手をあて、後ろ向きに転んだ。
「お、驚かさないでくださいよ!もう、びっくりしたなぁー」
「・・・あんたさえ来なけりゃ、信じなかったのにな」
「ええ!?じゃ、話したの!?」
「人形の話を」
「ええええ!!・・・えっと、えっと、何のことでしょう?何かお困りですか?」
青い衣の者は、立ち上がり、営業用スマイルを浮かべた。
「他言する気はない。彼女を消すつもりなのか?」
「・・・な、なんのことでしょう?消すって物騒ですね、あはははは」
「それ以上しらばっくれると、私も気が変わるが?」私はにらみつけた。
「・・・わかりましたよぉ。もぉ〜・・・」
青い衣の者はふてくされた顔をして、私をちらりと見た。
「そんな怖い顔しなくても〜彼女だったのですか?」
「そうだ」
「結構、色っぽいですよね?」
私は横にあったテーブルを蹴倒した。派手な音がしてホコリが舞う。
「・・・え、えーっと。結論から言うと、消せないです」
「許されないとかいってたぞ?」
「だって考えてくださいよ。彼女の体も魂も、この世界と同じものでできてますから、なにかあれば簡単に、この世界に溶け込んでしまいますもの。隠れるのうまいんですよー」
「ふん。じゃ、なんで追いまわす?」
「旦那が私に彼女のことを聞くのと同じ理由ですよ」
青い衣の者はニヤリと笑う。
「・・・私もね、あなたと同じように尋ねましたよ。答えは『彼女に近い者になればわかるかもしれない』と」
「それで、わかったのか?」
「わかれば、追いかけてきてませんよ・・・今ならクリスマス前で忙しいから、募集中ですぜ、旦那」
「・・・新手の勧誘か?」
「ふふふ・・・実はそうなんですよ!バレちゃいましたね。あはははは」
「じゃ、彼女、もう一度だして」
「・・・う。もぉ、いじわるなんだからぁ〜。あ、雪・・・」
青い衣の者は窓に駆け寄った。窓の外には雪がちらちらと、降り始めていた。
「今夜は冷えそうですねぇ〜」
「そうだな」
海に雪が消えるのを、しばらく眺めていた。
この地方は暖かで、雪が降ることは滅多にない。
世界はひどく静かで、波の音もなく、ただ果てしなく広がっていた。
そして、なぜだか彼女が雪を降らせている気がした。
「・・・私、行きますね」青い衣の者はそう言って、「応募、お待ちしてますよ!」とお辞儀をしてから、消えた。

部屋に私一人になると、急に寒さを感じた。吐く息が白い。
雪は静かに降り続けていた。