■ 武勇/Valor

シャツに長いスカート、エプロンをつけた、いかにも生産者といった服装の女が馬に乗って駆けていく。
オレは攻撃呪文を詠唱し、馬の腹を蹴り、女のあとを全速力で追いかける。気づいた女も馬にムチをいれるが、オレが魔法を打ち込むとよろけた。その隙を逃さず、剣で斬りつけ、移動呪文を必死で唱えはじめた女にとどめをさす。主を失った馬が悲しげに鳴くのが耳障りなので、馬も殺す。
血まみれの女の死体から、バックパックを拾い上げると重たい。鉱石や木材、それとも売ったあとの金か?開けてみると・・・畑の藁ばかり詰まっていた。
「ガッカリかよ!」
舌打ちして、バックパックを放り投げる。
そのころ『PKをガッカリさせる会』というのが流行っていた。
PKとは人殺しのことで、殺して荷物を奪うのが基本だ。殺されて悔しいから剣の修行をはじめるとか、殺されて奪われてもいいように必要最低限しか持たないとか、人によってPKへの対応策は様々だ。
そんななか、新しい対応策として『PKをガッカリさせる会』がでてきた。
わざとPKに殺され、金目の物と見せかけてゴミを大量に持っている。ゴミをウキウキと持ち帰るPKを見て嘲笑する。
やるほうはおもしろいのだろうが、やられたほうはやってられない。
せっかくのおいしい獲物だと思ったのに・・・そのとき、女がグレーのローブをまとって、青ざめた顔をして走って戻ってきた。復活の技を持つヒーラーに助けてもらったのだろう。
「しつけぇんだよ!」
剣で軽くなでただけで、女は簡単に倒れた。PKが残っているのに、普通は戻ってこない。実は藁の下に金目の物が入っているのだろうか?
あらためて女の死体を漁ってみたが、やはり金目の物は見当たらない。
そんなことをしてると、また、パタパタパタ・・・と女が走ってきた。今度はオレからちょっと離れたところで立ち止まって、「藁が欲しいの!」と一息に叫んで、ぜーぜーと息をきらしている。
「・・・ガッカリじゃないのか?」
「違うよ!小麦にするんだもん!!」
「こむぎぃ?」
「・・・返してくれたら、教えてあげる!」
オレは剣を下げて、「回収しろよ」と女にうながす。
「ありがとう」女は笑顔で戻ってきて、藁を大事そうに抱えてバックパックにいれたり、荷物を整理してから「それじゃ、ウチまでついてきてくれる?」と歩き出したので、ついていく。
街道をしばらくすすんでから、脇にそれて森の小さな道を進むと、木にかこまれた小さな家が建っていた。
「ここがウチなの!お花が素敵でしょ」
家のドアの横には野生の白い花が咲いていた。
「あのさ、普通、PKを自宅に連れて行くか?」
「あはは。私もPKだったし、ここでお店やるつもりだし!それより入りなよ。狭いから馬から降りてね」
ドアを開けて女はスタスタと中へ入る。
言われたとおり馬を降りて家に入ると、オーブンと木製の機械が設置され、壁際には作業台やコンテナが整理整頓されて置かれ、さりげなく絵や花が飾られていた。
「これが粉挽き機なの!見ててね〜」と言いながら女は、木製の機械の上に藁をどさどさといれて、レバーを回し始めた。すると、小麦が粉になってでてきた。
「うぉ!はじめてみた。そうやって作るのかぁ」
「うん。それで粉を水と練ったり蜂蜜と練ったり・・・料理は奥が深いのです!」と女は胸をはって自慢してから、「あ。せっかくだから、これ、あげる」とポーチを手渡してきた。
ポーチを開くと、フルーツで彩られて、いろんなパンやお菓子がきれいに並んでいた。
「・・・ありがと」
「PKじゃ、味わえない気持ちでしょー?」
女はニヤリと笑った。
「フン。・・・それでPKやめたのか?パンもらって?」
「うーん。びみょ〜かなぁ。私、最初、鍛冶屋になりたかったの。それで採掘はじめたら、お約束どおりPKに殺されまくりで、真面目に反撃していたら、気づいたら、たまに相手を殺せるようになってね。そうなったら殺しあいが楽しくて楽しくて・・・」
女は笑いながら話した。
「こんな素敵で楽しいことをみんなにわかってもらいたくて!毎日、人様をみれば攻撃してたなぁ」
「でもさっき、あっさり逃げ出そうとしたじゃないか」
「うん。今はもうPKはやめたから」
「楽しかったのに?」
一転して女の顔が曇り、うつむいた。
「・・・ん。PKしてたころ、私、鉱山でPKに目覚めたから、デビューした鉱山を回るのが日課で。ある日、いつものように採掘していた人を殺したの。でもその人、それから毎日毎日いるから、私も毎日毎日殺して殺して殺して。私がきても逃げないし、戦わないし、話さないし、一撃で死んじゃう人だったから、何もできないだけだったのかもしれないけど・・・」
「ただのバカじゃねーか、そいつ」
「・・・ある日、いつものように殺そうとしたら『死にます』って一言だけ話して。どうせ私に殺されるのに何を言ってるんだろ、こいつ、って殺したら、それが最期だったの」
「最期?」
「それっきり、姿見せなくなっちゃって・・・別の場所へいったのかもしれないし、採掘をやめて別の道を歩んだのかもしれないとも思ったりしたのだけれど、それっきり会えなくて」
女は少し、涙ぐんでいた。
「本当に死んじゃったのか・・・って十日ぐらいしたら、なんかそんな実感が湧いてきて。そしたら、すごく切なくてつらくて。せめてお供えしてあげよう、って肉を焼いて、ささやかにお供えしてたんだけど、なんとなく毎日お供えしてるうちに、きれいにかわいくお供えしたくなって、お皿を用意したりフルーツもあわせたり、いろいろ凝りだしたら止まらなくなって、料理はじめたの」
「・・・それでPKやめたのか」
「うーん。そのころはなんか意地になって、炎の料理人とか自称してファイヤーボール打ちながらPKしてたしなー」
「じゃ、なんでPKやめたの?」
女はしばらく「うーん」と何度もうなって考え込んでから、「今は、ケーキを作ることしか考えられないから、かな」と答えた。
「ケーキ?」
「もうすぐクリスマスでしょ?イブに、あの坑道をケーキで、まっ白に埋め尽くして、たくさんロウソクを灯すの!」
「・・・はぁ」
「あ。場所は内緒。教えてあげない。探すのはお好きに。でも何も知らない誰かが偶然来て、喜んでくれたら嬉しいかなとかいろいろ考えたり・・・」
「・・・そうですか。忙しいとこ、邪魔したな」
オレは頭が痛くなってきたので帰ることにした。
「ううん。クリスマス終わったら、お店の準備はじめるから、いつかまた来てね」
「覚えてたらな」
家をでて馬に乗ると、木の枝が耳をくすぐった。見上げると木漏れ日がまぶしい。
「大丈夫?・・・いいとこにあるでしょ、この家。木もたくさんあるし、花もあるし、家に帰ると元気になれる。今、ブリタニアで一番大好きな場所なの」
見送りにでてきた女は穏やかな笑顔で話した。
「いいとこだな、確かに・・・それじゃ」
オレは馬で走り出し、振り返らなかった。


そして冬が終わり、春が来たころ。
魔女ミナックスが侵攻し、王は新たな世界へ旅立ち、加護と恵みを喪った世界は荒れ果て、木々も花々も枯れはてた。
そのころオレは戦争に参戦した。
カビ臭い迷宮のなか、呪文の詠唱と剣の音が響き、魔法がきらめいて、炸裂した爆弾の硫黄や血のにおいが漂い、仲間を信じて敵を憎み、ひたすら、ただひたすら果てのない戦いを続けた。すべては断末魔を聞くために。

世界が変わってもオレには関係がないと思っていた。
だが、迷宮に新たな支配者が訪れ、終えることがないと思っていた戦いの日々は幕を閉じた。
新たな戦場へ行く者、旅にでる者、静かに生を終える者・・・。
オレはどうしようかと思いつつ、懐かしい場所を彷徨った。
そのとき、昔、出会った料理好きの女の家を訪ねてみた。見つけることはできたが、部屋には乱雑にコンテナが積まれているだけで、オーブンも粉引き機もなくなっていた。玄関の横の白い花は失せ、古ぼけた骨が風に吹かれていた。


それから季節が幾度も巡った。
新しい世界に渡ると、PKや戦争をしていたというだけで寄ってくる女もいたし、おもしろければいいや、とバカばかりやって暮らした。
「おまえも変わったな」と昔の戦友に嘆かれたのが面倒で、名を変え姿を変えた。
気づけば、昔、蔑んだ奴らと変わらなくなっていた。
でも今は、昔に囚われて楽しめない奴らを蔑んでいた。
ひょんなことから、新しい相方もできて、新しい技能の修行や最強の武具を求めて迷宮へ戦いにいったり・・・そんな日々を過ごしていた。

そんなある日。
迷宮から帰り、戦利品を片付けていると、ゴミを捨てに家の外へでた相方が戻ってこない。仕方なく外へでて、「おーい、さるっこー。なにしてるんだ・・?」と声をかけると、相方の女友達が遊びにきてた。
「お、くまっこ!元気にしてたか?」と挨拶すると、「おひさしぶりです、元気です〜・・・」と、まっ赤な顔でお辞儀する。相方は「くまっこ、お菓子持って来てくれたの♪早く食べよ〜」と、女友達の手をひいて、家に入ってきた。

・・・お菓子、か。
胸の奥が少し痛む。それはこの世界で長く生きた哀しみだから。
そしてもうすぐまた、クリスマスが巡ってくる。